minonarukiのブログ

いろいろと心に残る印象的な日常を表現してみたいと思います。

実のなる木

ブログ村に登録させていただきました。以前から知っていたブログ村はこれから自分でもブログを投稿してみたいと思いました。


最初は、雪の日の思い出と寒さによって感じた自分の気持ちを表現してみたいと思います。



「雪はまだ明日も寒くなるため、すこしだけ降るかも」


昨日の朝は、水道が氷り車のボンネットのところには雪がまだ残っていました。


久しぶりの雪はまだ明日も寒くなるため、すこしだけ降るかもしれません。


だいぶ前に降ったときにはまわりの山も真っ白に緑のあるのを忘れてしまうくらいでした。


そんなときに思いだすのは、センリョウという実のなる木でしょうか何度見ても雪を寒そうにかぶって


じっと佇む姿でした。


赤い実は鳥にも食べられず、ある牛舎の横の杉の木の下にまるで隠れているみたいでした。


ありがたいことに人間の自分たちは暖房という温かい部屋の中で過ごせています。


ただ、飼われている動物たちや自然の生き物たちは、食べることは食べてもどこかでうずくまって寒さをこらえているのでしょう。


中にはエサにもありつけず、捕った獲物は横どりされたりいろいろと自然の中では厳しい場面にも出会う感じです。


自然の中の動物たちを見ていると、害虫だとか害獣だとかいわれているものにも気持ちが動いてしまいます。この寒さの中ではなおさらですが、同じ生き物としてどうやって生きているのだろうかと。


人間は死んだら地獄に行くか天国に行くらしいです。できたら、もちろん地獄よりも天国に行きたいものです。


オシャカ様だったでしょうか、地獄に行きたくなかったら生きているうちにもよいことを3つばかりも行っておくと地獄に落ちても再度、天国にもいけるチャンスがあるとか。


なんかそういう話だったみたいです。


では、「よいこと」って何なのでしょうか?


人にためになるとか、動物に愛情をもって接する、などあるのでしょうか?


自分でもよくは理解できないところも多いですが、他人に気持ちを向けられるというのはまだまだ人間的でこの世では自分のことだけ、お金だけ、今日のこともわからない人たちなどテレビを見ている限り、世のなかは荒んできていることがよくわかるみたいです。


でも、自分たちの親たちがまだまだ働きざかりのことはあまりそのようなことは身近にはなかった。


親たちが守ってくれていたのか、そういう時代だったのかはわからないけれども世の中のシステムとしてなにかこう、凛とした人間としての決まりごとが自然に守られていた感じでした。


やはり決められたことを守っていくのはみんなが安心して生きていく上で大切なことだと思うのです。


「ああ、言わなければよかった」とか、「あのようにしなければよかった」とか、あとになって後悔することは多いです。


でも、人間は自分にとって都合のよいことを思うことは日常茶飯事です。歳をとってくるにつれそれさえも忘れてしまうことも多いでしょう。


日常生活の中で追い詰められてしまう前にもういちど、何かを反省しなければきっと地獄にまっしぐらですね。


「反省!」



センリョウの実